故郷が無いので北海道を勝手に故郷としています。

北海道はとても広いです。

「北海道 大きさ」検索…

はてなブログでこんなのがありました。

北海道の面積と同等になる都府県の組み合わせを調べてみた。都道府県の比較

北海道 ≒ 東北6県+新潟+富山

だそうな。でっかーい。

私の周囲で近日中に北海道に移り住む家族が2組もおります。

2組とも旦那さんが北海道出身で、いつか地元に帰りたいと元々言っていたそうな。(1組は奥さんも北海道出身)

故郷ってすごく憧れます。

私は親の仕事の関係で転勤族だったため、故郷という故郷がありません。

あちこちに住んでいます。

地元無しの根無し草です。

幼馴染と呼べる人はかろうじて1人。小学校の途中から高校まで一緒で、大学時代もお互い京都に住んでいたので、未だにお友達でいてくれております。ありがたいです。

1番長く住んでいた静岡県の情報を彼女からポツポツ聞きます。静岡には帰る家が無いので行きません。話の中でただただ懐かしむだけです。

北海道に話を戻しまして、私は小さな頃、北海道にも住んでいました。

北海道の人たちはみんな優しくて、裏表がない印象です。

住んでいたのが旭川市だったので、そこそこシティではありましたが、石狩川や毎年雪まつりを開催する巨大な公園の近くに住んでいたので、自然が多かったです。

クローバーの絨毯を裸足で駆け回りました。またシロツメクサやスミレやタンポポ、花壇ではない、いたるところにお花が咲いていました。

また石狩川の土手には春になると「ふきのとう」や「つくし」が生えてきます。母と採りに行った記憶があります。(晩御飯に出てもほぼ食べませんでしたが)

北海道の思い出の中でも、一番忘れられないのが登山をしたことです。旭岳と黒岳の縦走コースです。

頂上の景色は「ここは天国なの?」と思うくらい素敵でした。

兄の担任だった登山好きの先生を頼って、数組の家族でくっついて行ったのですが、小学校低学年の私はもう泣きたくなるくらい、辛くて辛くて、限界が何度も訪れました。

途中から先生におぶってもらった記憶があります。今でも申し訳ない。。

山頂に着いて、目の前に広がったのは、自然が生み出した視界一面のお花畑でした。その広さたるや、、東京ドームの個数などでは表現出来ない壮大さでした。(出来るんだろうけどしたくない)

それは人工的なものとは違います。なんといいましょうか、自然界のルールで彩られた、多種多様なお花が、可愛らしく咲いているのです。

一つ一つが無造作でありながら、完璧で、清く、可愛らしいのです。

その素晴らしい景色を目の当たりにし、疲れが吹っ飛んだ私は、自分のリュックから大好きなクマのぬいぐるみを出して「写真!とって!」と懇願したそうな。

その写真見たいなぁ…。

見つけたら貼ります。

そんなこんなで北海道に行きたくなりました。。

でも、北海道ってびっくりするくらい雪が降りますし、冬の生活は多分ガラリと変わります。ちなみに「暑い」と表現出来る夏は2週間程度です。

冬場の学校では上履きが毎日凍っているし、ストーブを焚く石炭当番なるものがあったりしました。そして冬の運動会もありました。

本当に色々凍ります。鍵(特に車)も水道も凍る。豪雪地帯は二階くらいまで雪が積もるので一階に降りる穴を掘って雪で階段を作ったりします。

冬の公園の滑り台は超短い印象です。

とにかく雪だらけ。

でも、ほんと、いい思い出しかないんです。

北海道初体験の両親はさぞかし大変だったでしょう。

北海道から、静岡県、京都、そして今、東京に住んでいます。

正直なところ、1番来たくなかったのが、ここ、東京。

なんでいるんだろう。

嫌いじゃないけど。

最近、東京の良さが分からない。

歳なのでしょうかね。。

都会であることに価値を感じることが出来ません。

それに…多分私は一生涯、どこにもない故郷を追い求めているのです。

小さな頃、友達と喧嘩した坂道も、お母さんに捨て猫を飼うと駄々をこねて泣いた公園も、初恋の相手の家が見える角も、遠い記憶でしかなく、少しづつ忘れてきています。

思い出さないと記憶は薄れていつか無くなってしまいます。

多分、あの頃の北海道の記憶が私の中の「故郷」なのだと思います。

おしまい。

オチなし、まとまりなし。