私は親が転勤族で故郷は無いのですが、高校は静岡県浜松市でした。高校生活後半で人気者の友人と仲違いして、そのままボッチ気味で卒業式を迎えました。
仲違いした友人は東京の大学を目指していたので、私は彼女と二度と会わなくて済むように京都の大学を目指しました。思い出すともの悲しい思い出です。
友達が1人も居ない関西で人生を再スタート。大学にはどんな人がいるのかな。楽しくなりますように…と願いました。
私の大学はデザイン科が3クラス。講義が終わり、友達なりたてホヤホヤのやり取りをしながら教室(制作する席も決まっている)に向かっていると、一階建の教室の屋上から何かが飛んで来ました。
パシャン!
わ!
水風船でした。キョロキョロすると、奥上に人影。隣のクラスの男子でした。ヤンチャそうな2人。
何やら楽しげな大学生活の始まりでした。
その2人含めたくさんの友達が出来て、少しづつ距離を詰めていきました。親元離れた寂しさと開放感で、毎日誰かの家に集まりました。
また色んな意味で大人の階段をかけ登りました。友情、恋愛、バイト、全てにおける選択肢の多さ、有り余る自由な時間。高校ではただ苦痛な時間が過ぎるのを待つだけだったので、その反動で、楽しい友達との時間を謳歌しました。
何より関西は一般人も面白い。(面白くない人もいる)
お笑い好きな私は、お笑いの世界に来たみたいで新鮮でなりませんでした。いわゆる関東勢のオチのない話に、オチをつけてくれます。経験したのことのない持ち上げ(?)に度々感動したものです。
今はデザインや芸術の勉強したくても時間を捻出するのが大変なのに、あの頃は遊びや男にうつつを抜かし、勉強が疎かになることもしばしば。そこは今になって後悔することも少し。はい。
しかし、大学後半になってくるとあちこちで人間関係のもつれが出てきました。恋愛絡みや、危ない世界に引き摺り込まれた人もいました。憂鬱な時期もありました。卒業の頃には、グループから距離が出来た友達もいて、高校の頃を思い出して切なくて、その子が戻れるようにとフォローしたこともありました。でも難しかった。
それでも私は大学の4年間が青春で、思い出せば瑞々しい色で輝いています。卒業式では涙が止まらなかったし、いつまでも帰りたくなかった。明日からどう生きれば良いのか不安だった。
卒業してから、何度か不幸のどん底に落ちました。ヤク◯の会社に入ってしまって社長の女に逃げさせてもらったり、男に浮気され捨てられ路頭に迷ったり、夜のバイトでやりくりしたり…その話はいつか…今は暗過ぎて書く気にならならず…
今の私は仕事と育児の両立にオーバーワーク気味の毎日。ただ、ただ、老後が楽しみです。。自由気ままに、ふらふら遊びたいです。
でも母は「あんたたちが小さかった時が、お母さんにとって1番青春だったよ」と言います。
もしかして、私、今、青春の中にいるかもしれません。