昨年同窓会がありました。
関西の大学なので、上京してる人をかき集めて、集まったのは40人ほど。
二個上の方が主催だったため、先輩が多目、同期は数名でした。
お酒も少し入った頃、私が大学時代に付き合ってた同級生の話になりました。
友人Tが言いました。
「HのInstagram見てる?あいつ病気で入院してたらしい。病院食、毎日アップしてて…。ほら、注射の跡の写真とかも。ヤバイやろ」
「その病気…マジでヤバイやん。。死ぬやん」
「え?そんなにすぐ死ぬとかそういう話?」
「人によるけど、もう長くはないかもしれんな…」
みんなで1つのiPhoneを覗き込み、冗談半分、心配半分で話をしていました。
大学当時の思い出は、彼とのお付き合いも含め、盛りだくさん、まさに青春の1ページです。彼と付き合うまで、年上としか付き合ったことがなかった私。同い年だからなのか分かりませんが、ケンカやすれ違いも多かった気がします。でも学食にみんなで集まって、ダラダラおしゃべりして。その中に彼もいて、いつの間にかしゃべっちゃって、そもそもなぜケンカしたんだったか。
話は現代に戻ります。週末、友人のInstagramを辿り、彼を見つけました。彼のタイムラインを眺めて、私は迷っていました。
フォローしようか…いや、コメントだけしてみようか…
でも新婚って聞いたし、奥さんが見たら嫌な気持ちになるでしょ
いや、ここは冷静に… 私は大体のことにおいて、言って後悔する事の方が多い… コメントなんてしない方が絶対いいに決まってる
第一、昔の彼女が女房面して偉そうだよな
でも一言くらい…
いや… やっぱり余計なお世話か…
何周かして、結局、何もせずに月曜日を迎えました。
そして火曜日の朝10時頃でしょうか。仕事中、友人Tからラインが届きました。
「朝からゴメンな… Hが亡くなったって」
「え…」
頭が真っ白になりました。
嘘…..
仕事をしながらも、亡くなった彼の声が頭に流れます。
私の名を呼ぶ声。
「アホや」と笑う声。
長らく開いてなかったfacebookを確認すると、彼のフィードに、彼の死を惜しむ友人の投稿がいくつかありました。地元の友人のようでした。
「彼を知る人達にどうか知らせて下さい」
という文章に背中押され、大学の友達のライングループを作成。
それぞれが知っているアカウントをどんどん招待。20名ほどかき集めて、別途、一学年下のライングループも出来、総勢50名弱。連名で、それはそれは立派な供花を送りました。
お通夜は600人の友人が訪れたらしいです。
お店をやっていたこともありますが、彼を慕う人の多さに、友人として誇らしい気持ちになりました。
大学の同期でお葬式に行けたのは九州出身の2人。
次の日、ライングループで報告してくれました。
友人Tは、彼のお父さんに、大学の同期であること、来たくても来れない友人が沢山いること、最近は彼に会えてなかったこと、色々話したそうです。話してる間、涙が止まらなかったそう。
私たちからの大きな大きな供花は、彼の棺を挟み両脇にあったそうです。遠く離れている分、お花は近くに置いてくれたのでしょうか。
私はそのラインを読み返しては、泣いています。
当時、大学の友達は、家族同然でした。
18歳で親元を離れ、少し寂しさや不安もありました。身を寄せて、毎晩のように、誰かの部屋で集まっていました。
いつも無邪気にみんなで笑ってた。
彼が男として忘れられないとか、そういうことでは決してありません。
ただ、あの美しい青春の日々の1ページを共に過ごした彼が、この世にいないということが悲しくて、実感が無くて、心の整理がなかなかつきませんでした。
気持ちをアウトプットしたい。そんな気持ちでこのブログを書いています。
いつでもやりたい事を夢中にやって、色んな人に愛されて、破天荒な人生を送って、亡くなった彼。
「死」のテーマはとても重たくて、正直、真髄を語れるほど、悟ってないので上手くいえないけれど、、
私は思いました。
人生において大切な人を増やしたい。
満足いく生き方をしたい。
好きな人との時間を大切にする。
全部、手垢のついた、言葉だけど
一度きりの人生、本当にそうするべきなんだ、と思いました。
みんな健康に気を付けてーー!
あと、たまには会おうーーー!
みんな、仕事や育児で忙しくても、時間作って会おーー!
ケツメイシの「トモダチ」のフレーズ思い出して胸が苦しくなります。
気づかず忘れることもあるだろうが
あの頃から見れば 共に育ち大人
胸に夕日の色焼き付いてますか
共に流した涙 乾いてますか
俺ら別々の道進む
進めば明日が俺らを創る
変わっていく中
変わらないものもあるから
常に胸に
君に夢に